つれづれ帖002 2018/11/27
大切なこと
一番大切なことは続けていくことです。
個人的にも、社会的にも。
自分が成井さんから教わったことを次の世代に繋げていきたいし、ずっと続けて行ってほしい。
例えば土揉みのやり方一つとっても、まず始めに空気をたくさん粘土に含ませる。そのあとに大きな気泡は抜いて、ふかふかの土にしてから整形します。
そんなやり方、成井さんに会うまで全然知らなかった。
世界中見てもそんなやり方やっている人あまりいないんじゃないかな。
僕自身、焼き物ってこんなもんなのかなとなんとなく思って限界というか先が見えないときにそんな技術に出会えて今まで続けてこれた。
そうでなければやめていたかもしれない。
1人でも多くこの技術を知ってもらいたいんです。
良いものを作るっていう人がいるけど、良いものって人によって定義が違うから、自分にとっての良いものってことになるんだけど、そこにあまりこだわってないです。
成井さんはいつも「出来たなり」と言っていました。あるやり方で作って、それで出来た形でいいんだと。設計図を作ってその形に寸分狂わず作るなんて機械にやらせたらいい。頭の中の形を作ろうとするから自分の頭を超えられない。頭じゃなくて手で作るから自分で感動するようなものが生まれる。
体験を大切にすること、焼き物は自由であるということ。技術は窒息するから新しい技術を生み出していくのだということ。
楽しく作らないと見る人にも伝わる。この器は飽き飽きして作ったんだなぁと。
「人の役に立つ」ことがとても大切だとも言っていました。と同時に成井さん自身は「俺は役立たずだ」といつも言っていましたが。そして「ダメでいいんだ」と。
人の役に立てる人は素晴らしい。そういう人はどんどん活躍するべきだと。そうじゃない人が成井さんのところにたくさん集まっていた。みんなでバカ話して楽しく過ごせれば、そんな自分も認めて生きていこうと。そして蹴轆轤という技術を身につけて何か一つでも楽しくやれることがあれば生きていけるということだったのかなと思います。
仕事が救ってくれるんだとも言っていました。
何か辛いことがあっても仕事をしていれば平常心を取り戻せる。
益子はいろんな人が集まってきて、とても面白い町だと思います。
自分自身、もともと益子の人間ではなく、25歳で成井さんと出会い引っ越して来ました。やっと蹴轆轤を教えてくれる人に出会えたというわけです。
始めから益子にずっと住もうと思っていたわけではなく、いろんなことがあって今も住み続けています。いろんな人のお陰で益子で焼き物を作っていられる。
この益子町に自分なりに恩返しをしたいと思っています。自分に出来ることを少しずつ。